自然災害がたびたび起こっています
被災された方にはお見舞い申し上げます。
さて 大雨の際の我が家のことです。
家は川の側です。
大雨の際は 水位が上がり 濁流音がすごいです。
私たち夫婦はいつも同じ感じになります。
「怖くて眠れない私、グーグー寝れる夫」
「非難したい私、大丈夫という夫」
こちら↓
川の側に住む、避難する?しない?妻と夫の意見が違う(10月18日)
あれから夫と「災害時の避難」の話をしました。
私は今回立て続けに起こった災害をニュースでみて、やはりできるなら事前に避難はするべきだと強く思いました。
夫はこういった話をするとよく
「もういいじゃないか、十分に生きたし、、、」
とよく口にします。
「子を産み育てて 次代につないだ、生命としての役割は果たしただろう?」
とも。
そのあとさらに。
「お前もそう思わないか?」と付け足します。
夫の言っていることはわからなくもないのでそれについては同意です。
これからさらに年を取れば 社会に貢献どころか社会のお荷物になるのも予測できます。
だから この話になったところで話はだいたい終わるのです。
要するに 夫は避難する気はないのです。
それとなぜか「ここは大丈夫」といういわれのない自信があるみたいです。
ですが今回は
「避難しよう、そうしないと人に迷惑をかけるよ」
「避難しよう、そうしないと子供たちの傷になる」
と強く主張しました。
自分はいいのです。
「それぞれの信念」や「それぞれの思い」や「それぞれのこだわり」や「それぞれの状況」、「安全への信頼」で避難しないなら、それはそれで。
夫が「避難したくない」とならそれでいいでしょう。
ですが、、いざ、事が起こった時、、
難しい状況になった夫に、
「あのひとは”十分に生きた”と言っていたから」
と放っておくわけにはいきません。
救助に人や時間を割かなければならなくなります。
行方が分からなくなった私を探すために 多くの人が必要になります。
捜索の方の危険も増します。
ほかに助けられる人に当てる時間も人も取ってしまいます。
それと子供にも迷惑をかけてはだめです。
心の傷にもなってしまいます。
これは災害時にニュースを見ていて思うのです。
残された方がお気の毒で、、やるせません。
こんな感じの理由とともに
「自分は良くても人にも子供にも迷惑をかけるんだよ、だから避難しよう」と強くいってみました。
夫は「そうかなあ、、」と言っていましたが、、
どういう意味なのでしょうか?
少しは 避難する気になったかな、、
まだ 直面していないので不明です。
しかし、、、
私は (夫を連れて)絶対 避難するぞ!