コロナで思う「烽火連三月 家書抵万金」、杜甫「春望」の”国破れて山河在り”でない部分

突然ですが 漢詩です。

杜甫の「春望」からです。

 

国破山河在 城春草木深
感時花濺涙 恨別鳥驚心
烽火連三月 家書抵万金
白頭掻更短 渾欲不勝簪

 

う~ん、高校のころを思い出す。

有名な部分は

「国破山河在 城春草木深」

 國破れて 山河在り 城春にして 草木深し

のところ

高校のころの記憶も ここのところしか覚えていません

世間的にも

「ここだけ聞いたことがある」

「ここだけ知っている」

と言う人が多いでしょう。

 

「国破山河在 城春草木深」

 國破れて 山河在り 城春にして 草木深し

戦乱によって都は焼き尽くされたが、
自然の山や河は変わらずあり、
町は春を迎えて、
草木が生い茂っている。

 

じつは先日の桜を見た時に この漢詩が思い浮かんだんです。

 → 桜、世がどうであれ花は咲く(2020年4月9日)

でも「国破れて」という部分が

「コロナウィルスに負ける」と感じる人もいるかとおもって書かなかったのです。

 

実際の漢詩の意味は「勝つ」「負ける」とは関係ないんですよね。

人の世がどうであっても 自然は有り、季節は巡る

ということだと思います。

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ということで もうちょっとこの漢詩について調べてみました

「国破山河在 城春草木深」

 國破れて 山河在り 城春にして 草木深し

の部分だけしか知らないので、、

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(漢詩)
国破山河在 城春草木深
感時花濺涙 恨別鳥驚心
烽火連三月 家書抵万金
白頭掻更短 渾欲不勝簪

(読み)
國破れて 山河在り
城春にして 草木深し
時に感じては 花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨(うら)んでは 鳥にも心を驚かす
峰火(ほうか) 三月に連なり
家書 萬金(ばんきん)に抵(あた)る
白頭掻(か)けば 更に短かく
渾(す)べて簪(しん)に 勝(た)えざらんと欲す

(意味)
戦乱によって都は焼き尽くされたが、
自然の山や河は変わらずあり、
町は春を迎えて、
草木が生い茂っている。
世の状態に悲しみを感じて、
花を見ても涙がでて、
家族との別れがつらくて、
鳥のさえずりを聞いてさえ、
はっとして心がつらい。

戦いが三か月もつづいている、
家族からの音信も少なく、
たまに来る連絡は
万金にも相当するほどに貴重である。

心労のためか白髪になり頭を掻けばより薄くなった、
冠を止める簪(かんざし)もさすこと できない。

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はじめてじっくり漢詩をお勉強しました。

すごく実感した部分は

勉強で取り上げられる有名な「國破れて 山河在り」の部分とはちょっと違っていました。

(これはこれで素晴らしく とても好きです)

これです。↓

漢詩)「烽火連三月 家書抵万金」

(読み)峰火(ほうか) 三月に連なり
家書 萬金(ばんきん)に抵(あた)る

(意味)
戦いが三か月もつづいている、
家族からの音信も少なく、
たまに来る連絡は
万金にも相当するほどに貴重である。

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この部分 地方に住む親は本当に実感です。

 

コロナウィルスで悲しいニュースが報じられる今

子供からの連絡がないととても心配です。

「大丈夫なのか」

「ひとりで倒れていないか、、」

 

コロナウィルスに限ったことではありません。

インフルエンザの流行時でも

地震のニュースがあったときでも

台風などの自然災害でも

連絡が付かないと ハラハラしてしまいます

 

子供にとっては頻繁な親の電話なんかうざいものかもしれませんが

親孝行と思って

まめに電話してください

親からの電話に付き合ってください

頼みます。

※ 杜 甫(712年 – 770年)中国「唐時代」の人